*[本]となり町戦争

となり町戦争

となり町戦争

現代における戦争への不安を見事に小説にしてしまった(私的な本の記録)。見事。

となり町との戦争がはじまる

「となり町との戦争がはじまる。
僕がそれを知ったのは、毎月一日と十五日に発行され、一日遅れでアパートの郵便受けに入れられている[広報まいさか]でだった。」

偵察業務

「「失礼ですが、今回の偵察業務への従事を拒否されるご意志がありますか?」
女性は、落ち着きを持った声音のまま問いかけてきた。
「いえ・・・・・・、まだはっきりした意思として拒否することを考えているわけではないんですが、私にはまだ今回の戦争のことがよくわかっていないし、なにより、今回の辞令を受けることが、もし戦争に対して積極的に荷担するようなことになるのだったら、躊躇する気持ちが大きいのは事実ですが」
香西さんというその女性は、僕の質問を予期していたのか、一拍ののち、ある意味「苦情慣れ」した表情でこたえてくれた。
「・・・・・・そうですね、もちろんあなたはこの辞令に対して拒否権限がありますので、正式に受任を拒否される場合には、六十日以内に町長に対して不服申し立てをしていただくことになります。もしそれをなさらない場合には、通常の手続きに準じてこちらから出頭願書の発行、その後、強制出頭の手続きを取らせていらだくことになりますが」

「なんだか、ぼくがイメージする戦争と、まったく違う形で、違う手順で戦争が行われているんですね」
「私たちには条例どおりの手順を踏んで業務を遂行するしか術はないんですよ」
「ただぼくには、この町がやっている戦争ってものがまったく見えてこないし、いったい何のために戦っているのかも見当がつかないんですよ」
「おっしゃることはよくわかります。過去の戦争が、私たちの記憶の彼方へと消え去って久しい時間がたちました。役場の中にも実際に戦争を体験した、という人間はもはやおりません。ですから私たちそれぞれが、自分の持っていた戦争のイメージと、現実に自分たちで遂行する戦争のギャップに苦しみながらも、現実の戦争の各場面に応じた対応を積み重ね、協議を重ねつつ対処しているのが現状です」

分室での業務

「「戦争についての説明会っていうから来てみたけど、戦争の具体的な日時や補償のことばっかりで、肝心の”なぜ戦争をしなければならないのか? なぜ、となり町の人間と殺し合いをしなければならないのか?” ってことは、ぜんぜん説明していないじゃないですか。そんな住民をだますような説明では納得できませんね」
室長は表向き素直に聞くふりをして何度もうなずいていたが、彼の質問が終わるやいなや即座に切り返した。
「まず訂正させていただきますが、我々はとなり町と”殺し合い”は行っておりません。殺し合うことを目的に戦争をするわけではありませんし、戦争の結果として死者が出る、ということですからお間違えのないようにお願いします」
室長は、質問に立った男だけでなく、会場のほかの住民も見渡しながら話し続けた。
「それから、なぜ戦争をするのか、というご質問ですが、それについては広報紙などでもお伝えしておりますし、皆様充分ご理解いただいているものと思っております。説明会では、夜の限られた時間ということも考慮しまして、この地元での問題を中心にお話しさせていただいています」」

戦争の終わり

「「戦争が終わりました」
香西さんの言葉で、僕ははじめて戦争の終結を知った。
「より正確に言うならば、となり町との戦闘状態が終息しました。公的に戦争の終結武装解除神聖が受理されるのは予定通り、年度末の三月三十一日ですが」
「それでどっちの町が勝ったんでうか?」
僕の疑問は当然のものだが、かえってきた言葉は、予想していたものとは違っていた。
「確かに二つの町は、お互いを敵として戦ってきましたが、それと同時に、別の視点から見れば、戦争という事業を共同で遂行したとも考えられます。となり町の協力がなければ、戦争を始めることも終えることもできないわけですから。それに、勝敗を判断するのは私たち行政体の役割ではありません。行政の立場として死者の数で勝敗を決定することはできませんし、これは他の事業でもいえることですが、事業費の枠や予算規模の違い、それぞれの町における長期計画の中での今回の戦争の位置付けなどを勘案すれば、単純に勝ち負けという視点で判断することは非常に難しく、あまり意味を持たないように思えます。勝ち負けというものが決まってくるとしたら、それは最終的には両町のトップ判断ということになるでしょうね」」